カテゴリ: 33th Kannon of Aizu

7月の涼しい日に福島県河沼郡柳津町の
久保田三十三観音に行ってきました( 1人で )

この柳津町には、滝谷川という川があって
魚釣りに来ていたのでだいたいの場所は
わかっていたのですが、まさか柳津に
三十三観音があるなんてわからなかったです

で、出掛けること1時間ちょっと
急ぐ旅でもないし国道49号線をタラタラと
❄ 本当にタラタラでした・・・前がトラック ❄

" 久保田三十三観音 "の標識があり車を進ませましたが
「 道が狭い・家がない・人が居ない 」ここで間違いないの
不安になりながらも進んでいくと、小さい集落が
ホッとしたら標識が・・・

ありました" 久保田三十三観音 "
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久保田三十三観音
文政元年(1818年)観音山(標高501m)の眺めの素晴らしい場所に
33体の観音石像が5~6mおきに安置された
1周230mほどを33回巡って健康や安産の祈願をすることから
" まわり観音 "とも呼ばれている
その中の1体は、十字架を手にした珍しい" マリア観音 "で
特に妊婦の安産に御利益があると云われており、今なお
4月29日の「 観音様祭り 」に大勢の参拝者が訪れる
冬期間( 11月中旬~3月末日 )は積雪のため参拝不可


それでは参拝に行ってみることに
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なんか凄い・・・左が入り口で、右がカーブを曲がったところ
入り口に" 杖 "があるとのことでしたが朽ちていました
進んでいくと
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「 観音三十三観音立像( 三十九体 ) 」の看板が
観音立像が39体あるんですね
番外でもあるのかなと思い隣に行ってみると








早速、第一番観音
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第一番 如意輪観音像( 左 )
お参りをして、では次にと足を出すと
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え~~~ッ!
写真ではたいしたことないようですが、結構な坂
運動不足のechoesには、ちとつらい!
でも、せっかく来たのだから
わっせ、わっせと息を切らしながら登っている途中に

第二番観音
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第二番 十一面観音像

第三番観音
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第三番 如意輪観音像( 左 )

第四番
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第四番 千手観音像( 左 )

階段を登り切って第五番
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第五番 千手観音像( 左 )
隣にあった観音様は、経年によるものか頭がありませんでした

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それでは、載せていきますよ
会津三十三観音巡り

国道49号線をタラタラ行こうかと思ったのですが、子供の
マイナンバーカードの交付に市役所に行ったりしていて
時間が過ぎてしまったので磐越道にて会津若松インターまで

高速を降り、いざ喜多方へ!
一番札所の" 常安寺 大木観音堂 "へナビもよしと順調に
行っていました

ここでechoesの勝手な思い込み
ネットで写真は見てました( もちろん )
そこで、それなりに大きいお寺があってその一角にお堂が
あるものだと勝手に思い込んでいました

ナビが「300m先左折です」の案内がされたのですが左折する
目印のものが何もなく、周りは田んぼ・田んぼ・・・
後続車がいなかったのでスピードを緩めたとき
「ここを左です」の案内
スピードを出していたら通り過ぎてしまうところでした
左に曲がり、どこにあるのかキョロキョロしていると
それっぽい建物発見

で、記念すべき一番札所に到着
常安長者が創建し持仏の十一面観音像を納めた
第一札所 真言宗 紅梅山 常安寺 大木観音堂 < ご本尊 十一面観世音 >
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イメージと全然違いました
お堂があるだけでした・・・
お参りをし、この観音様巡りのために新しい御朱印帳を買っておいたのですが
どこで御朱印してもらうの・・・?
隣に、建物はあれど人の気配がなく「 御朱印てもらえないの 」なんて思って
もう一度お堂のほうを見に行ったら、ありました地図が!しかも電話番号あり
電話を掛けながら、郵便ポストを目印に移動しているとポスト発見!
発見の同時に、電話が繋がり「 犬が吠えている家 」とのことで止まって確認
おぅ、確かに犬が吠えているお宅の目の前って、一般のご家庭で
御朱印を頂くのかとちょっとびっくり
手書きなのかなぁ~と思っていたら、スタンプタイプの御朱印を頂きました
日付が入らないのが残念ですけど、御朱印は御朱印です
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" 会津三十三観音 "の記事にも載せましたが" 御詠歌 "と云うものがあります
お参りをした時には、この" 御詠歌を "唱えるのが会津の基本的な習わしだそうです
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よろづよの ねがいおおきのかんぜおん
あのよとともに たすけたまえや
「 万代の願い 大木の観世音
あの世とともに 救い給えや 」


ということで何とか、一番札所をお参りすることができました
まさか、一般のご家庭から御朱印をもらうとは思ってもいませんでしたし
会津三十三観音巡りは" 難観音 "と云われている理由がわかりました
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ちょっとした思い付きで巡礼をしてみようと始めた
会津三十三観音巡り
昨日、新聞を見ていたら なっ!なんと県内初の日本遺産に
認定されていたのを見てビックリ
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全く知りませんでしたし、なんだ" 日本遺産 "って
そしたら、新聞の上に記載がありました

「 日本遺産とは 」
文化財を観光資源として活用するため文化庁が平成27年度に
認定を始めた歴史的建造物や祭りなど
外国人にも分かり易い物語性があることを重視し有権者委員会で選定する
平成28年度、県内で安積開拓、安積疎水開削事業に関する
" 未来を拓いた《 一本の水路 》 "(郡山市 猪苗代町)も
日本遺産に認定されている


というわけで、会津三十三観音の他に安積開拓事業も日本遺産に
認定されているとは、2度ビックリ
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会津の三十三観音堂を巡ってみたくなり5月28日
喜多方へ1番札所から家族で巡ってきました
回ってきたところの記事の掲載は後日載せるとし
帰ってきてから、改めてホームページを見ていたら
" 会津三十三観音巡り "の習わしなどが載っている
ホームページがあったので、まずはここから掲載を
(以下はホームページ引用です)
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日本統一江戸初期会津伊勢西国三十三札所りが流行
会津の領主" 保科 正之公 "が遠路行けない人のために、寛永年間(1643年頃~)に
観請したと伝えられている

古くより会津は仏都として栄えており、特定の寺院の力を剥ぐ目的もあった
信仰とともに農閑期の娯楽でもあった

特に女性たちの楽しみとして発展、「観音講」として親しまれていた

御朱印は、多額の寄進者への返礼や、各々個人に発行していた寺院などの
例もあったが、お参りした際に御朱印詠歌を唱えるのが会津の基本的な習わし

「御朱印・観音めぐり」となったのは、平成に入ってから

無住のところも多く、1回の訪問で御朱印が入手できないことも多々あり
「難観音」とも云われている

ほとんどの観音堂は、村々の中にひっそり佇んでいる
建物の多くは、素朴すぎるほど小さいが、いにしえの思いを巡らせる場所
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行ってみて、本当に「難観音」を痛感した
大変ですッ!
何が大変か
それは、言った時の記事を掲載しますのでもう少しお待ちください
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レッドクローバ ブロッサム