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ボストン( BOSTON )
アメリカ合衆国のロック・バンド

イギリスのハードロックやプログレッシヴ・ロックなどのサウンドを
アメリカ流のポップセンスで消化したスタイルで成功を収めるなど
1970年代後半から1980年代前半に隆盛した" アメリカン・プログ
レ・ハード "の先駆者として知られる
また、創業者トム・ショルツが、ほぼ全般を創作するプロジェクトの
一面を持つ
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創始者トム・ショルツは、アメリカ合衆国オハイオ州出身
7歳からピアノを習い、マサチューセッツ工科大学在学中にギターを
独学で覚える 大学卒業後はポラロイド社に就職し、プロダクト・エン
ジニアとなった 仕事の傍ら、電気工学の知識を生かして自宅アパ
ートに多重録音可能なスタジオを構築、そこで作り上げたデモ・テ
ープが" CBSレコード "に認められ契約する
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1976年、1stアルバム「 幻想飛行 」をリリース
シングル・カットされた" 宇宙の彼方へ( More Than a Feeling ) "と
共に全米チャートで上昇 アルバムは全米3位を獲得し、同年だけで
100万枚を売り上げ、2003年までに通算1700万枚のセールスを記
録、アメリカン・ロックの新しい時代を開く歴史的作品となった


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1978年、ツアーの合間を縫って慌ただしく制作された2ndアルバム
「 ドント・ルック・バック 」も全米で1位の大ヒットを記録する

1979年4月、初来日公演「 CHERRY BLOSSOM TOUR '79 」開催
以降、自作の発表が待ち望まれたが、完璧主義者のショルツのレコ
ーディング作業はなかなか進まず、ついには「 CBSレコード 」に契約
不履行で訴えられ長期間の法廷闘争に突入、BOSTONの活動は
一時停止する
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1986年、法廷闘争が決着し「 MCAレコード 」へ移籍
8年ぶりの3rdアルバム「 サード・ステージ 」を発表
シングルカットされた" アマンダ "が全米1位を獲得し、アルバムも
2作連続で1位を記録

その後も悠々自適のペースでアルバムを制作、1994年に4thアルバム
「 ウォーク・オン 」、1997年のベスト盤をはさんで、2002年に5thアルバ
ム「 コーポレイト・アメリカ 」を発表

2007年、リード・ヴォーカルを務めるオリジナルメンバー、ブラッド・
デルプが急死 この件によって同年夏のBOSTON全米ツアーは中止
HR/HMバンド「 ストライパー 」のマイケル・スウィートが参加しツアー再開

2013年、11年ぶり6thアルバム「 ライフ・ラヴ&ホープ 」を発表

2014年、35年ぶりの来日公演を開催

δ デビューアルバム制作エピソード δ

デビューアルバム「 幻想飛行 」のほとんどをトム・ショルツ一人で作った
事実を、当初CBS側はにわかに信じなかった デモテープを聴いた
担当者は" 現存するあらゆる( ロック・ミュージック )作品の中で、最も
素晴らしい作品である "と評価したと言われる

アルバム制作はショルツの完成度の高いデモテープの内容を
プロのスタジオのクオリティで忠実に再現することに費やされた
ブラッド・デルプのヴォーカル以外はほとんどすべての楽器を
ショルツ自身が演奏しており、バンドのメンバーはデビューに
あたってライヴ活動を行うために集められた
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当初はライヴ活動のことは念頭になかったショルツであるが、アルバムの
発売に合わせてツアーを敢行することでプロモートとし、アルバムの売上を
確実なものへとするのが当時のセオリーであったので、当然ツアーは
するものと考えていたレーベルの強い勧めに従って急遽オーディションを
行ったと言われている

再録音にあたっては、デモテープ同様ブラッド・デルプによりヴォーカルが
付けられた( リードヴォーカルだけにとどまらず、ハーモニーやあらゆる
コーラスはデルプによるもの ) また、シブ・ハシアンとジム・マスデアに
よってドラム・パートが録音され、バリー・クドローによる印象的なリード
ギターも付け加えられた それらの音源をもって、ショルツは自身の
スタジオにこもりミックス作業に没頭する

しかし、レーベル側からの「 プロのクオリティで 」という圧力は
かかり続けた Epic Recordsから立てられた音楽プロデューサーの
ジョン・ボイランはこの問題を解決するため、集められたバンド
メンバーによるレコーディングを" 1曲だけ "プロのスタジオで行い
レーベル側の目くらましに利用したと言われる

楽曲もさまざまな音源を何重にも重ね、独特の分厚い重量感を
持たせた楽曲群だが、多重録音には不可欠と言われる" リズム
ボックス "すら一切使用せず、曲のテンポは全て" 手拍子 "で
測っていた ただそのことより、いわゆる" 一発録り "的な迫力が
生まれ、ほとんどショルツ一人の演奏であるにもかかわらず
あたかもビックバンドであるかのような迫力のあるサウンドに
なっている しかし、逆にショルツ一人がかかわったミックス作業には
大変な労力が必要となった
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アルバムジャケットに刻印された
" No Synthesizers Used " ↬ シンセサイザーを使用せず
" No Computers Used " ↬ コンピューターを使用せず という
有名なクレジットは決してハッタリではなく、その綿密に手を
加えられた音源と、膨大な時間と労力を費やしたミックス作業を
物語るものである 初期の作品は、各バンドメンバーのクレジットが
あり体裁上はバンドの形を取っているが、実際には全てショルツの
指示通りプレイされているなど、完全にショルツが演出していた

δ ブラッド・デルプ δ
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2007年3月9日、リードヴォーカルを務めるオリジナルメンバーの
ブラッド・デルプが急死した

この時間デルプはニューハンプシャー州アトキンスの自宅に一人でいて
争った形跡などなかったという 地元メディアにウェブサイトによると
デルプはボストンの夏のツアー・コンサートと自身の結婚に備えて
いた時期だったという 死の数時間後にはボストンのウエブサイトに

" We've just lost the nicest guy in rock and roll. "
" 私たちはロックンロールで最も素敵な人を失ったばかりです "

というシンプルな追悼メッセージが表示された

Boston_(band)_-_2008_at_the_Grand_Casino_in_Hinckley